老犬生活

ペットロスの乗り越え方…なんて分からないけど耐えられそうな気がする

投稿日:2019年6月9日 更新日:

ペットロス…うん、私はペットロス。

たみちゃんロス。

10日前に愛犬たみが亡くなり、これまで様々な心境の変化がありました。

10日間のうち、声をあげて泣くことは一度もありませんでした。
子供もいるし、他の動物もいるし、最後の最後まで後悔の無いようにやり遂げて見送りたいという気持ちもあったし。
そりゃ涙はダーダー出てくるけど。

で、このままでは心が潰れてしまうなと思ったのが、たみを火葬した翌日くらいから。
本当に辛くて、どうやって生きたら良いのかが分からなくなりました。

もう、私も一緒に火葬されれば良かったって本気で思うくらい辛かった。

そこから今までどうにかこうにか普通の生活を保ってこられたのは、いくつかの救いがあったからかもしれません。

この記事を書いた2ヶ月後の心境の変化と愛用している仏具について、記事の後半に追記しました
>>追記を読む

愛犬を亡くした後の心境の変化

亡くなってすぐは「これで良かったんだ」という気持ち。
悲しいのはもちろんだけれど、たみは最期の最期まで頑張り抜いて穏やかに寿命を全うしたんだという達成感にも似た気持ちでした。

以下の記事を読んでいただければその時の私の心境が伝わると思います。

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大変だったのは火葬後から。

まず、たみちゃんがそこにいないということ。

たみは熟睡している時や歩行器に乗って落ち着いている時以外は常に付きっきりの介護が必要でした。
だから私は家事をしたり自分がトイレに行ったり、たみのお世話以外で次の行動を起こす前は必ず「たみちゃん大丈夫かな?」と、たみの姿を確認する習慣が身に付いていました。

それが、

たみちゃん大丈夫かな?
…いない!!!

と、他人に気付かれるほど大げさに取り乱したりはしませんが、当たり前にそこにいたたみの姿がなくなり、「え!?」と頭の中で小さいパニックが起こります。
そして「あぁ、そうか死んじゃったのか」と、悲しみ、むなしい気持ちのままたみのお世話以外の用事を片付ける。

朝早く起きて、たみが目覚める前に薬とご飯の用意をしておきます。
起きたらすぐに介助が必要だから。
夕飯も同じように、たみが寝てる間に急いで用意しておきます。
それが早く起きても、夕方の子供の用事や同居犬チヨの世話の合間に「たみちゃんのご飯!」と思っても、そんな必要ありません。

月・木・土は自宅点滴の日。
それも必要なくなり、「あ、点滴…」と思っても、点滴を打つ相手がいません。

おつかいに行けばたみちゃんが使えそうなものを探すものの、「必要ないのか」と。
じゃあ一体何を買って帰れば良いのか分からない(人間用の食料品を買えばいいのに頭が真っ白になる)。

たみは老衰で徐々に生活スタイルが変わり、玄関でのお出迎えやご飯の催促などのスキンシップは既になかったので、いつも玄関で出迎えてくれる子がいない…とか、ご飯の催促をしてくれる子がいない…とか、そういった喪失感はありません。

ですが24時間介護をしていたため、今まで生活の大半を占めていた「たみちゃんのお世話」が突然私の生活の中から消えてしまったことで、たみ自身を失った悲しみと同時に「どうやって生活をすれば良いのか分からない」という状態に陥りました。

火葬前は「たみちゃん大丈夫かな?」と見れば体はまだそこにあったのでこういった現象はあまり起こらなかったし、食事は適当に買ってきて済ませたりと通常の生活を送っていなかったためか、このパニックや悲しみの波はあまり起こらなかったのですが、火葬後は生活のあらゆる場面で起こり始めました。

そしてこのままだと私は潰れてしまうなと。

そんな時、いくつかの救いがあったおかげで、どうにか落ち着きを取り戻して少しずつ普通の生活に順応し始めています。

ペットロスに耐える

検索したら「ペットロスの乗り越え方」なんて出てきましたが、10日や半年、数年程度で乗り越えるなんてちょっと無理。

だけど耐えることなら出来るかもしれない。
この10日間を過ごしてそう思いました。

私がこの10日間を耐えて少し落ち着いてきたのは、いくつかの救いがあったから。
それを今回はご紹介します。

当たり前の感情を受け入れる

大切な存在を失った時、その喪失から立ち直りに至るまでに12の段階を経て(いったりきたりしながら)徐々にそれを受け入れていくそうです(A.デーケン「悲嘆のプロセス」)。

その12段階とは、

  1. 精神的打撃とまひ状態
  2. 否認
  3. パニック
  4. 怒りと不当感
  5. 敵意と恨み
  6. 罪意識
  7. 空想形成・幻想
  8. 孤独感と抑うつ
  9. 精神的混乱と無関心
  10. 諦め(受容)
  11. 新しい希望
  12. 立ち直りの段階

私がたみを亡くしてすぐの頃、妙に冷静だったのも、「どうしたら良いのか分からない」という状態も、おそらくこのプロセスに沿ったもの。

「すごく辛い」「もう何もしたくない」「もっとこうしていれば助かったのではないか」そんな気持ちは全て大切な存在を亡くした人間の当たり前の心理状態なのだと理解するだけでもある程度の救いになると思います。

人に支えられた

私にとって今回一番大きな救いになったのは、以前から利用していたツイッターやブログでの交流。

数年前からのフォロワーさんを始め、たみが亡くなり初めてお悔やみの言葉をかけてくださったフォロワーさん、今回初めてたみの存在を知り声をかけてくださったフォロワーさん、ブログからメッセージを送って下さった方、とても多くの方が見守って下さいました。

たみが亡くなってすぐの時も、火葬の日も、たみを思って、私を気遣って毎日の様に優しい言葉をかけてくれたり、見守ってくれたことは私にとって何よりの支えになりました。

実生活では夫は会社があるし、子供達は学校があるし、家族で泣いてる人はもういない。
みんな心には何かを抱えているのだろうけど、事あるごとに「たみちゃ~ん」と嘆く私を「仕方ないな…」といった顔で見ている状態。
※そんな私に無理を言わずに生温かく見守ってくれた事には感謝してます

ツイッターでは大切な子を亡くした経験のある方もたくさんいて共感してくれたり、たみをずっと応援してくださった方がたみのために泣いてくれたり、直接顔を合わせる家族とは違う、心の面で大きな支えになりました。

また、たみが亡くなってすぐにお花を送ってくれたかかりつけの病院や、最近は年齢的な負担を考えて通うのをやめていた美容院のトリマーさんの存在もありがたかった。

先日たみが亡くなってから初めて同居犬チヨを病院に連れて行った時は、悲しい話はせずに「お母さんが元気になるもの!」と、小さな小さな子猫を見せてくれた獣医さんの対応も嬉しかった。

そんなたくさんの人の心遣いが私を支えてくれました。
こんなにも温かい人たちに囲まれていたのだと、また結局泣いたわけですが、それは悲しい涙だけではありませんでした。

ペット用の仏具を購入

私は特別な信仰はありませんが、楽天のペット仏壇仏具のディアペットさんでたみのために仏具を選び、購入しました。

仏具についてはこの記事の一番下に詳細を追記しています。

今、たみちゃんコーナーはこんな感じ。

猫がいるのでいたずら防止のためにもカラーボックスの上段を使っています。

こうして“たみちゃんのために”何かをすることで気持ちが少し落ち着きました。

火葬前も、火葬の際に何を持たせようとか、少しでも体を綺麗にしようとか、そんな事を考えて気が紛れていたのかもしれません。

等身大羊毛たみちゃん製作中

みんなが支えてくれるし、たみちゃんコーナーも出来て毎日手を合わせてお供えをして、気持ちは少しずつ落ち着きました。

しかしどうしても耐えられなかったのが、「たみちゃんがいない」ということ。

安置している時は

たみちゃん大丈夫かな?
寝てる(死んでるけど

という状態で、変な話ですが体がそこにあるだけで救われていた部分があったのだと火葬してから実感しました。

この「いない」状態に時間をかけて慣れる事も今後の人生を考えれば大切なことだと思います。

でも今の私には耐えられない。

そこで死んでてもいいならぬいぐるみでもいいじゃん…というわけで、羊毛フェルトで等身大たみちゃんを製作中です。

↓こんな感じ。

たみちゃんは動かないけど、動画で見ると↓こんな感じ。

「たみちゃん!たみちゃん!」と思って作り始めた等身大たみちゃんですが、自分でも驚くほど気が紛れました。

自分の手で、たみちゃんが出来上がってくること。

こんな顔だったな、このくらいの大きさだったな、と確認しながら少しずつ完成させていくこと。

でもやっぱり本物には敵わないと、たみの可愛さを再認識すること。

時々ツイッターやインスタに載せると、みんなが「たみちゃん!」と言ってくれること。

製作の過程全てが私の気持ちを穏やかにさせてくれました。

どんな顔にしようかな?と悩みましたが、最期の方は認知症が進行して薬に頼らなければ睡眠をとることが出来なかったので、スヤスヤ寝ているたみちゃんを作ることにしました。

完成したらきっと、

たみちゃん大丈夫かな?
寝てる(ぬいぐるみだけど

と、私の気持ちも今よりも落ち着くかな?と思います。

私は以前から羊毛フェルトで作品を作っていたので自分で作って製作過程も楽しんでいますが、ハンドメイド作家さんにオーダーを頼んだりしても良いのではないかな?と思います。

やっぱりそこにいるって大事。

しばらくは羊毛たみちゃんに依存してしまうかもしれませんが、時が経てば大切なぬいぐるみとして接することが出来るでしょう。

ちなみに本物の毛を丸めて、

羊毛たみちゃんの胸の中に入れてあります。

この作業をした瞬間、不思議とググッとたみちゃんが入ってきた感じがしたので単純に「大切なぬいぐるみ」と思うのは無理だと思いますけどね。

大切な存在を失くした後のケア(グリーフケア)はその後の人生も左右するのではないかと思います。
私自身、この先どんな心境の変化があるか分からないし、たみだけでなく他の動物達も終生飼育して見送る責任があるのでその度にどうなるか分かりません。

ただ、今は自分の中だけではどうにもできない、やり場のない気持ちに自分らしい方法で向き合うことが大事なのかな?と思い、こんな風に過ごしています。

たみのおかげで人の温かみに触れたり、新しいお友達が出来たり、たみちゃんは最後の最後まで親孝行な子です。

もっと介護したかったな(また泣く)。

【追記】2ヶ月後の私

たみの月命日が2回過ぎ、この記事を書いてからちょうど2ヶ月が経ちました。

毎日泣き暮らすのかなぁ…と思っていましたが、全然そんなことありません。
たみが亡くなったことは寂しいけれど、「死んじゃったたみちゃん」として新形態のたみちゃんを受け入れたというか、まだ普通に家にいるような。

最初の月命日を迎える前には「悲しくて泣く」ということがなくなりました。
と同時にたみのいない生活が始まった直後のように「たみちゃんにお水飲ませなきゃ」「たみちゃんひっくり返ってないかな?」と、介護の中で刻まれたたみのための動作をうっかりしてしまうことが少なくなっていったのも事実。
忘れたわけではないけれど、私たちは生きていて、時間は普通に流れていく中で自然とそうならざるを得なかったのでしょう。

たみの話をしない日はありません。
でもそれは亡くなった悲しい話ではなく、目に見える姿がなくて悲しむわけでもなく、子供たちのちょっとした仕草を「なんか今の、たみちゃんみたいだね」と笑ったり、「たみちゃんお供え(お菓子)もらうよー!」と呼び掛けたり。

たみコーナーはジワジワとアイテムが増えたり模様替えしていき、今はこんな感じに落ち着きました。

1段目にお骨とお供え物(人間のおやつのおすそ分けと、たみちゃんにといただいたものなど)、お水、使っていたおもちゃなど。
写真には写っていませんが、2段目には使っていた靴下や点滴の針、ろうそくなどを置いてあります。

お水や時々果物やご飯などを入れるための小さなお皿はセリアの豆皿を使っています。
種類が豊富で可愛いのでおすすめ。

カラーボックスの上が主に「たみちゃーん!」と声をかけるコーナー。

本物のたみちゃんは1段目の骨の方だと思うんですけど、どうも私はたみが亡くなった時に次女が描いた絵(絵具で取った本物の足型つき)に向かって話しかけてしまいます。
多分、こっちにたみちゃんが入ってるんだと思う。

ここには絵の他に最初に購入した仏具と、買い替えたもの、買い足したもの、いただいたお花とお供え香が並んでいます。

私が購入したペット用仏具は、おりん、花立、写真にはありませんがろうそく立て、短いろうそく、お線香。

ペット用仏具として販売されているものは、楽天のペット仏壇仏具のディアペットさんで購入。

線香立ては最初斜めに一本立てられるタイプを購入しましたが、横置きの香皿に買い換えました。これはペット用ではなく人間用のミニサイズ。
何だかたみちゃんっぽい可愛いお花の模様が気に入っています。柄は数種類の中から選べます。

我が家は猫と子供がいることと、同居犬チヨが緊急時に酸素ボンベを使用するため火の取り扱いには細心の注意が必要です。
ろうそくは月命日とか四十九日とか、特別な時だけ。
でも灯りがないのも寂しいし…と思って購入したのがLEDキャンドル。
ON/OFF以外に決まった時間から5時間点灯するタイマーもついているのも便利です。

たみコーナーを充実させたり、次女が毎月たみを中心とした絵を描いてくれたり、たみグッズを作ってくれたりと、家の中は今でもたみの存在感でいっぱい。

亡くなった現実から目を背けるわけでもなく、生きている姿を追い続けるわけでもなく、こんな風に新しいたみちゃんを受け入れて形作ることが私たち家族にとっての立ち直りの作業なのかもしれません。

一度だけ「なんでたみちゃん死んじゃったの?次女ちゃんが獣医さんになるまで生きててくれたら…」と、10歳の次女がすごく悔しそうに泣きそうな顔をしたことがありました。
「ずーっと一緒にいて、いつか次女ちゃんと出会う犬が生まれる時にポンッ!て生まれ変わるのかもしれないよ」と話したら、「そうか!そうだそうだ!」と一瞬で笑顔に。

その時が来るまではお空とお家を行ったり来たりしながら私たちを見守ってくれていると信じて、可愛いたみちゃんの存在とこれからも一緒に生きていこうと思っています。

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